最近、「商業出版って本当にいいの?」みたいな言説を見かけるようになりました。
- 同人誌の商業化はいいぞ https://note.com/oyakata2438/n/nc4a9f21b4289
- 著者が出版契約で知るべき7つの項目 https://note.com/techbookfest/n/nfdc47831072d
- 技術同人誌を、技術の泉シリーズで商業化する
https://zenn.dev/erukiti/articles/writing-commercial - 商業出版にメリットはないのか?
https://note.com/oyakata2438/n/n8813602ce4f5
- 技術同人誌を、技術の泉シリーズで商業化する
上から下に時系列で記事が並んでいます。後半2つ(ツリー下)は、アンサーエントリーになっているとか(「同人誌の商業化はいいぞ」と「著者が出版契約で知るべき7つの項目」のエントリーにはリファレンスがなく、同じ時期に出た別々のエントリーと言う認識)。
技術書の商業出版に関してはずいぶん前に「本当はおそろしい商業出版!?」という同人誌にまとめたことがあり「書きたいことはあの本にみんな書いた」感があったのですが、ここに来て盛り上がっていることを知り、改めて筆を取った次第です。
商業出版というか、今回の一連の記事でのやりとりに関するぼくの感想は、次のツイートで表すことができます。
同人誌から商業化の話、技術系だろうが創作系だろうが、同人誌が底本であろうが無かろうが「ちゃんと契約条件確認して話し合え。なにがあっても自己責任だ」ってことに尽きるわけで「どこどこの出版社なら安心だよ!」みたいな話は、まず疑ってかかるくらいでちょうどいいと、ぼくは思いますね。
— Keiji ARIYAMA (Rated KG) (@keiji_ariyama) October 26, 2020
140字で収まりますね。
著作物利用契約書の条件を事前に確認して合意する重要さについては誰も異論はないと思います。
さて、上で紹介した記事に関しては、誰もが皆、自分の経験から知っていることを述べていて嘘は言っていない。と言うのがぼくの感想です。
以前、友人が、在籍していた会社が株式上場してしばらく経った頃「上場は、たとえるならドラクエ3でピラミッドの黄金の爪を見つけたくらいだよ。見つけたからと言って、ピラミッドを無事に出られるとは限らないんだ……」と言っていて、なるほどなと思ったのを覚えていますが、商業出版も同じだと思います。
原稿ができたあたりが黄金の爪を手に入れるまで。その先に出版社と契約して(間違いではない。ぼくの知る出版社は、原稿ができてから契約する)、出版して、書店に並んである程度の評価を得て、期待通りの対価(印税)を得ることは容易ではありません。それどころか、これまでずっと一緒に戦ってきたNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター。この場合は編集者や出版社のこと)が、突然裏切ると言ったドラマが起こる可能性だってあります。
「商業出版はいいぞ」と言っている人たちは、物事をうまく運ぶ実力と運を備えていたのでしょう。ただ、万人がそううまく行くわけではないのも事実です。
新型コロナウイルスの状況が悪化する中「本当にこんな状況で出版するのか」と自問自答しながら執筆を続けた筆者がいます。
そうして苦労に苦労を重ねて執筆した本が、書店に並ぶ当日に緊急事態宣言が発令され、誰もいない街の書店に配本された筆者がいます。
緊急事態宣言下の混乱で出版社のサポートページの更新がされず、本は売られているのにサンプルコードが手に入らない状態になっていることを、Amazonに投稿された怒りの☆1つレビューで知った筆者がいます。
本が売れていないのに、本が題材にしているMastodonサーバーの費用を支払い続けている筆者がいます。
その筆者というのは、何を隠そうぼくのことですがーーこれは(サポートページの更新も含めて)、筆者として受け止めなければならない結果だと思っています。
(閑話休題)
ぼくは、人から商業出版を相談されたら、最初に「やめとけば?」と言っています。
商業出版を否定はしません。その上で、商業出版が決して成功への道と言うわけではないとも考えています。同人誌のような気楽さもないので、商業出版は積極的にオススメできるものではない。と言うのが僕のスタンスです。
けれど「やめとけば?」と言ってもやりたい人は結局やるので、止める意味があまりないことも事実です。
上で紹介したmhidaka氏の記事が商業出版に対してあまりにもネガティブ……と言う批判もありますが、「情報の提供」という観点に絞って考えると、一般にメリットと思われる点に対してネガティブ情報をすべて出しておくというやり方は、1つのスタンスとして尊重すべきと思います。
逆に、ネガティブな印象を薄めた記事を書いたとして、記事を読んだ誰かが商業出版を試みてトラブルに遭遇し、記事の書き手がネガティブな情報を知っていたのに出さなかったことがわかれば「誠実さに欠ける記事を出した」との批判は免れないでしょう。そのリスクを考えると当然と言えます。
件のエントリーが公開されたことで、技術書の書き手は、大切な前提条件を知ることができ、これによって賢く出版社を選ぶようになることを期待しています。また出版社側もまた賢明な書き手と、前向きに契約条件を調整できるようになり、後から「こんな話聞いていない!」とトラブルになるリスクを低減できるメリットがあると考えます。
また、これは過激な言い方になりますが、エントリーに強く反応している人たちはmhidaka氏を過大評価していると、個人的には感じています。
彼が、技術書典の主宰という立場で、どれほど商業出版にネガティブなことを書こうが、仮に、万が一、商業出版全体を否定しようが(彼にそのような意図があるかないかはともかくとして)、やりたい人は自分の意思でメリットを見いだして商業出版を決断するでしょう。
なので、この件に関してはそれぞれが、各々の立場から自分が正しいと思う情報を出していけばよく、その後のことは情報の受け取り手に任せればよいわけで、メリットがあるかないかについて議論することはあまり意味がないことだとぼくは思います。
最後になりましたが、次回「技術書典10」には、ひさびさにエントリする予定です。 参加される皆さん、よろしくお願いします。